2008年11月04日

ある病棟の一日【その9】

俺は手術室に運ばれた。

室内に入ると、数人の看護婦と整形外科の先生(主治医)、それに麻酔科のベテランっぽい女医さんがいた。その横には助手っぽい若い男がいた。

横向きに寝かされた俺の腰を、助手がぐりぐりと押し始めた。ポイントを探っているらしいが、なかなか要領を得ず、数分間続いた。

やがて助手は手を離し、慣れない手つきで何かを操作し始めた。

「大丈夫。落ち着いて。」女医がいった。

その言葉で俺は察した。この助手っぽい挙動不審の男は麻酔科の医者なのだ!そして今まさに俺はその本人に麻酔を打たれようとしている!!怖ぇぇ!!

が、しかしなかなか麻酔を打つ気配がない。

「あら。随分いっぱい捨てちゃうのね。」再び女医の声がした。

きっと、注射器内の空気を抜くのに手間取って、中の麻酔液をたくさん捨ててしまっているのだろう。次に「でもここまではあるので…。」という声と「まぁ、ぎりぎり大丈夫ね。」という声がした。本当に大丈夫なんだろうか。

そして麻酔が打たれた。

麻酔が効いてきたかどうかを、冷たい脱脂綿を当てて確認するのだが、なかなか効いてこない。1.2分ごとに確認するが一向に効いてこない。10分以上経ったような気がする。足先は効いているのに、切る場所(腰の横)は全く平静を保っている。

「なかなか効かないわね」「ちょっと心配です」「でも一応足りてるはずだから」麻酔科医同士のやり取りが聞こえる。

そのとき、主治医が割って入った。

「もう始めちゃいましょう。このままでは始める前に手術の時間が終わってしまいますから。」

おいおい、ちょっと待ってくれよ!!俺の腰は至って普通なんですけど!!このまま切ったら痛いんじゃねえの!?

なにやら切る場所にズブッと注射を一本打たれた。おそらく局部麻酔だろう。それからは痛みもなく、手術を受けることができた。

手術中、ずっと横のモニタを見ていた。モニタには自分の骨が映っていて、中にドリルが入っていく様がわかった。無残にも自分の骨に穴が開き、ドリルの振動が骨盤を伝わって腹に響いた。腸まで突き破るんじゃないかと思うぐらい、ドリルは深くまで達した。

* * *

やがて手術が終わった。

主治医の最初の一言は「やあ、びしょびしょだ」だった。何でびしょびしょだったのかは、実際に見ることが出来なかった…。
posted by ё ddie at 23:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | ある病棟の一日

2008年10月14日

ある病棟の一日【その8】

本来、整形外科は隣の病棟に行くものだったようで、自分のいた病棟には外科や泌尿器科の患者が多かった。ある日、同室に入院してきたAさん(仮名)は癌を患っていた。

ベッドで静かにしているのが苦手な俺はよく、運動不足解消のために階段を上り下りしたりしていた。そんなときによく階段脇のソファで休んでいたのだが、Aさんもそのソファがお気に入りのようで、よくそこで顔を合わせ、話をした。

どうやらAさんは自分の父親と同じ年齢で、若い頃にバンドをやっていたらしい。病院には音楽の話が出来る人はいなかったので、ビートルズやS&G、日本のグループサウンズなどの話などで盛り上がった。他にも、自転車の話も通じたし、PCの話や松葉杖の話も共通の話題だった。

俺が退院する直前のある日、娘の運動会をビデオ撮影したいと言い残し、彼は退院していった。俺は「お大事に。治療頑張ってください。」と伝え、別れた。彼の抗がん剤治療は始まったばかりだった。

* * *

先日、外来で久々に病院を訪れた際、偶然Aさんに遭遇した。

抗がん剤の副作用で頭は禿げ上がり、体もげっそり痩せ細っていた。退院してから2週間しか経っていないのに、元気そうだったAさんはまるで病人のようになっていた。

そもそも詳しい病状について良く知らなかったので、かなり衝撃的だった。また入院するとのことなので、次の外来のときにお見舞いしてあげたいと思う。

抗がん剤の治療って怖いね。上手くいくことを祈ってます。

ё
posted by ё ddie at 14:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | ある病棟の一日

2008年10月06日

ある病棟の一日【その7】

病院の食事は質素なものと相場が決まっている。

一番質素だった日の献立(夕食)は、ご飯、茶碗蒸しのようなもの、和風の漬物、洋風の漬物‥というものだった。

この日はさすがに質素すぎる食事に腹も心も満たされなかったため、食後に売店でカップラーメンを買った。すぐに病室に戻って封を空け、給湯器のある流しに移動した。

‥が、しかしカップラーメンに湯を注ぎ終わったところで、重大な問題に気がついた。

車イスの車輪を回すには、両手が必要だ。つまり、カップラーメンを持つ手が足りないのだ。

仕方なく熱湯でガンガンに暖まった容器を股の間に挟み、なんとか部屋まで戻ろうと試みてみたが、予想通り、容器は物凄く熱かった。

さらに追い討ちをかけるように、「熱っ!」と反応すると、中の熱湯が波打ってスープが足にかかりそうになる。

「熱っ!」

「うお!危ねっ!!」

と、リアクション芸人のようなことをやっていると、「大丈夫ですか?私、持ちますよ」と、救いの女神‥いや、白衣の天使が現れた。病棟で一番若い新人ナースだった。

その日のカップラーメンは格別に美味かった。

ё
posted by ё ddie at 20:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | ある病棟の一日

2008年10月04日

ある病棟の一日【その6】

トイレネタ続けていきます(食事中の方、失礼!)。

車イス用のトイレは電動カーテンで開閉する。
いつものように車イス用トイレに向かうと、カーテンが閉じていた。使用中のため、一旦ベッドに戻った。

10分後、再びトイレに向かった。

カーテンは閉じたままだった。仕方ないので、またベッドに戻った。

さらに10分後、トイレに赴いた。

かなり緊急度が増していたが、やはりカーテンは閉じたままだった。今回はちょっと待てそうにないので、隣の病棟のトイレに行くことにした。


隣の病棟のトイレは電動カーテンではなく、金属製の頑丈なドアだった。

さっそく車イスごと室内に入り、ドアを閉めようとした。…が、タイヤがドアに当たってしまい、ドアが閉まらなかった。

迫り来る尿意!

急いでドアを閉めようとするが、焦っているため、うまく閉まらない!

このとき、既に膀胱のリミッターはレッドゾーンに達しかけていた。

もうヤバイ。そろそろ限界だ。


意を決して車イスの"凹"を、便器の"凸"にぐっと嵌め込むように停車し、トイレに飛び移った。結局、事なきを得た。


どうやら金属ドアは変則的な動き方をするようで、ドア開閉時に内側にもスライドしてくる。このため、車イスをかなり奥に停車してもタイヤが挟まることがあるのだ(かなりコツがいる)。


また後日、ナースに聞いたところによると、「誰も入ってないのに、時々カーテンが閉まってることもあるんですよー」とのこと。


なんじゃそりゃぁぁぁあああ!!!

ё
posted by ё ddie at 20:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | ある病棟の一日

2008年10月03日

ある病棟の一日【その5】

病棟のトイレは男性用、女性用、車イス用の3種類があった。

足を使うことが出来ない俺は、もっぱら車イス用トイレを愛用していた。

入院から間もないある日、トイレの片隅にはいつも台があり、そこにジョッキのようなものが置かれていることに気がついた。また、ジョッキにはビールのような琥珀色の液体が入っており、毎日その量が変化している。誰かが隠れて一杯やっているのだろう。

俺はこのビール(のようなもの)が非常に気になり、ニオイを嗅いで確認しようとした。‥が、何か嫌な予感がしたので、寸前のところで思いとどまった。

* * *

ある朝、いつも隅にあるはずの台が手前に出ていたため、車イスが台の脚に当たってしまった。ジョッキの液体は波打って少しこぼれ、左足にかかりそうになったが、車イスの患者とは思えぬ素早さで身をかわした。

頭ではビールと分かっていても、俺の動物的直感が何か良くないものを感じていたのだろう。

* * *

入院から3週間が過ぎたある日、トイレには先客がいた。

先客は面会者と思われる人だった。

片手に尿瓶を持ち、今にも便器に中身を捨てようとしていた。が、身を翻して尿瓶の中身をジョッキに注ぎ始めた!!

その瞬間、俺は全てを悟った。


…一言いわせてもらいたい。


尿をそんな場所に置くなぁぁあああ!!!!

ё
posted by ё ddie at 15:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | ある病棟の一日

ある病棟の一日【その4】

【A型肝炎】

A型肝炎はA型肝炎ウイルスに汚染された水や野菜、魚介類などを生で食べることにより感染する。基本はヒトからヒトへの感染であり、食物を介さずに、糞便に汚染された器具、手指等を経て感染することもある。近年は肛門性交による性感染症としても知られている。

出典:wikipedia

--<引用ここまで>--

つまり、これがもし本当にA型肝炎だとしたら、以下の3つのうち、どれかだということだ。

(1) ウイルスに汚染されたものを生で食べた場合
(2) ウイルスに感染した人物が、排便後に手を洗わずに俺の食器などに触った場合
(3) A型肝炎の患者とアナルセックスに興じた場合

まず(3)は、そういう趣味がないし、第一そんな患部に負担がかかることは出来ない。また、(2)もちょっと考えにくい。一番怖いのは(1)だ。安物のカキフライの中身はきっと中国産だろうし、中まで火が通らなかった可能性も…ありえそうな気がする。

* * *

結局、白血球は2〜3日、肝機能も2週間程度で落ち着いてきた。内科医いわく、「回復の傾向からして、肝炎ではありません」とのこと。

いやぁ、よかった!

危うく、退院が延びるところだった。

そもそも、そんなに好きでもないものを食べて、ここまでリスクを負わなければならないのは、なんだか損した気がする。

どうせなら美味いものを食べて死ぬほうがいいなぁ‥と思った、32の秋でした。

ё
posted by ё ddie at 15:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | ある病棟の一日

2008年10月02日

ある病棟の一日【その3】

カーテンが開き、医者が怒りながら入ってきた。

「遠藤さん、肝炎の疑いがあります。」

一瞬、何のことをいっているのか分からなかった。俺は骨折で入院しているのに、肝炎ってどういうことだろう。もしかして、折れた骨の破片が肝臓に突き刺さったのか?

俺が混乱しているところへ、医者は矢継ぎ早に質問を浴びせた。

「昨日、何か変なものを食べませんでしたか?生ものとか…。」

「ああ…、カキフライを食べましたが…。それでちょっと吐いて…。」

「そうですか。A型肝炎の可能性があるので内科を受診してもらいます。」

A型肝炎って何だろう?
C型肝炎というのは最近ニュースで話題になってるやつだし、B型は肝硬変やガンになるやつだよな。でもA型って?

色々と思いを巡らせたが、その受診を拒否する選択肢がないことを察した。


それからは1日おきに血を抜かれた。

また、妊婦さんがやる検査器具(エコー)で、内臓の状態も調べた。これは結構面白くて、検査中の会話でかなり盛り上がった。「これが肝臓で、膵臓で…」「おおお!!ということは、こっちの小さいのは胆のうですか?」「そうですそうです」

自分の臓器を見るのはとても面白かった。

モツ煮込みが食べたくなったが、病院食でそんなものが出るわけがなかった…。

<続く>
posted by ё ddie at 15:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | ある病棟の一日

2008年10月01日

ある病棟の一日【その2】

「あ、これ安いじゃん。今度買ってきてよ。」

何気なく手にした近所の弁当屋のチラシを見て、俺は言った。チラシには“カキフライ1個60円”と書いてあった。

そもそもカキはあまり好きではない。普段ならお金を払って食べることは絶対にないのだが、病院食で貝類が出ないこともあり、「この値段なら不味くても別にいいか」というつもりで差し入れのお願いをした。

後日、カキフライが届いた。夕飯直後で腹も減っていなかったが、2個だったのでなんとなく食べた。予想通り、美味くはなかった。

面会を終えて病室に戻り、検温やナースの尋問をパスして、俺は床についた。

***

深夜1時半頃、目が覚めた。

再び寝ようとしたが、なんとなく吐き気がしたのでトイレに行った。上と下からの大洪水だった。

翌朝、5時半に目を覚ますと、眼前で注射器をちらつかせてナースが作業をしていた。そういえば、その日は定期的な検査の日だったため、採血があったのだ。次の瞬間、俺は血を抜かれ、再び床についた。

<続く>
posted by ё ddie at 12:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | ある病棟の一日

2008年09月30日

ある病棟の一日【その1】

掃除のおっちゃんは中日の和田に似ていた。
彼はいつも急いで、必死の形相で仕事をしていた。迫力があった。

病床の上ではストレスが溜まっていたため、俺はたいてい激しいロックナンバーを聴いていた。
ビートルズでいえば、バースデイ、へルター・スケルター、ヘイ・ブルドッグ、カム・トゥゲザー、バック・イン・ザ・USSRなどを好んで聴いていた。

ある日、ベッドに腰掛けてエアドラムに興じていたとき、突然、和田がカーテンを開けて入ってきた。掃除のおっちゃんだった。ヘッドホンからは大音量のミッシェルガン・エレファントが流れていたため、おっちゃんの「失礼しまーす」が聞こえなかったのだ。


俺は即座にエアドラムを止め、平静を装った。
おっちゃんは普段どおり、必死の形相で床を掃除した。
沈黙の時間が続いた。


おっちゃんの額に汗が輝いていた。
俺はおっちゃんの掃除が捗るよう、足を上げた。
沈黙の時間は暫く続いた。


おっちゃんは何事もなかったかのように、別のベッドに移動した。

俺はカーテンを閉め、音楽の世界に戻ったが、何となくエアドラムを再開したい気分にならなかった。そのため、気分転換をしようと松葉杖をついて廊下に出た。

廊下には、額に汗して働く和田がいた。
彼の額は血管が浮き出ていた。

ё
posted by ё ddie at 23:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | ある病棟の一日
←クリックお願いします!
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。